会員からの情報提供・提言(MLより)

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会員からの情報提供・提言(MLより)

公共施設および利用者のための日常的なCOVID-19対策

前書き

Withコロナという造語も生まれ これからは コロナウィルスとは 慎重ではありながらも負担の重すぎない形の共存を目指していくことになる。
つまり コロナが常態化した環境下において 公衆衛生の観点から 費用対効果においても適切な 社会的な負担の少ない衛生管理方法を開発していくことが必要となる。

一時期のように コロナ患者が出たとなると 建物を封鎖し 全身防御の物々しいいでたちの消毒担当者が 薬剤のスプレーを天井、壁から床まで びしょびしょになるほどまき散らす といった特殊対応ではなく、日ごろの手洗いや掃除の中に自然な形で取り込まれた除染作業をもって (発症していない または 発症してもまだ症状が顕著ではない)「ステルス」感染者がまき散らしたウィルスで濃厚に汚染されたかもしれない部位に集中した しかし 作業を継続していくのには経済的にも労力的にも負担の少ない対策を取っていくことが不可欠となる。

すでに上梓されているガイドライン類は すべて コロナ肺炎が特殊事例であったころに作り上げられたものであって 今後のWithコロナの状況には適切には対応しがたい。

この文書は いかに日常生活にコロナ対策を溶け込ませていくかの提言を主たる目的としている。
読者の容易な理解のため 大学のキャンパスや公営の図書館を舞台として 我々がとっていくべき対策の解説を行っていきたい。

どこをどのように除染すべきかの検討

部屋の中に存在するものすべてを消毒の対象としたような特殊作業の時期は去り、(検知されていない)感染者が作り上げた (隠れた)濃厚汚染が対象となっていく。
つまりは 見えない敵の攻撃を想定し 防御の弱い部分を洗い出し(脆弱点分析)そこに除染効果は高いが実施には負担の少ない対策を導入することで クラスター的な感染発生の可能性の芽を 事前に摘んでいく方向に軸足を移すべきということになる。
脆弱点は 以下のような箇所となる。

感染経路には その寄与度に応じて(★★★:高頻度感染経路、★★:中頻度感染経路、★:低頻度感染経路)★印を配置した。

<飛沫感染★★★防止上の脆弱点>

通常は 人と人の間に2m以上の距離を確保することで防御は簡単に成立する。

しかし患者が 一定時間滞在した 狭いかつ密閉に近いような空間(例: トイレ、小さな会議室・教室、図書館のパーティションで囲まれた読書コーナーなど) または 密集・密接することを甘受する傾向のある空間(エレベーター内など)では ついさっきまで患者が呼吸していた あるいは いままさに隣で患者が呼吸しているわけであるから 空気中には多くの飛沫が浮遊している。

飛沫の中にはウィルスが多数包含されており 飛沫を急速に除去する あるいは (それが 可能であれば) ウィルスを無毒化する薬剤をぶっつけることで 除染が達成されることになる。

<接触感染★★防止上の脆弱点>

今回のコロナウィルスでは (患者と近接することが避けられない医療関係者以外では)接触感染は飛沫感染ほどのおおきな役割を果たしてはいないが いつの間にか 日常生活では接触こそが感染源であるような印象を持たれてしまっている。
この文書でも 一項として取り扱い 読者の不安に応えようと思う。

事例で言えば 患者がくしゃみを手で受け その手で触った手すりを 後に健常者が触れば 患者の手指から健常者の手指へのウィルスの転写がおきる。
ウィルスが転写された手指を鼻腔の近くに持ってくる あるいは指を鼻腔内部につっこむ あるいはマスク装着にあたって汚染された指からウィルスをマスクへ転写すると 接触感染に近似した形の感染が起きうる。
今回のコロナ惨禍でも 手洗いの重要性が繰り返し強調されているのは この接触感染様感染の防止が(特に医療関係者にとっては)重要なことを謳っているわけである。

手指がキャリアーであるため 患者であれ健常者であれ 施設を利用する者がよく触りがちな部位が脆弱点であり 除染の対象となる。

<複合型感染★防止上の脆弱点>

机、椅子やソファーなど 患者が長く滞在した空間に置かれていた調度類もまた 患者の飛沫を堆積させている可能性があり 患者が去った後 例えばそのソファーに触った健常者が その手指を鼻腔に持ってくれば セオリーの上では 接触型様感染を引き起こしうることになる。

しかし 実際には ソファーが布地であった場合には 布地と手との間の接触面積は限定されているため (布地は線維を編み込んだものであって 編み込まれた繊維と繊維の間には隙間が多く、 実際にはあまり手指とは接触しない)単なる懸念でしかない場合が多いとは思われるが 心理的な不安に応えるため 対策の項に言及しておく。

また 布地のソファーに飛沫が堆積し その飛沫の水分が蒸発減量して ウィルスがむき出しに近い状態になった折に ソファーをこする(たとえば ソファーに座るとすれば 自分の尻で ソファー表面をこすることになり、舞い上がったウィルスによる空気感染様感染も考えられなくはない。

発症に必要なウィルスの個体数は 10,000位といわれているので この空気感染様感染が大きく患者数増加に貢献しているとは考えづらいが 懸念を表明する方々も多いので その不安に応えるためにも対策の項に言及しておく。

使用可能な除染剤

厚生労働省が 80℃10分の熱水殺菌を一つの手段として挙げてはいるが 大学のキャンパスや図書館で熱水殺菌を採用できる場面は皆無といっていいだろう。
唯一食堂での食器類の殺菌には使えるのではないか という反論もあるかもしれないが コロナウィルスは人間の呼吸器系を そのねぐらとしているのであって 消化系に入り込んでも無害でしかない。
また 食堂で食器を洗うのであれば 洗剤やリンス水で コロナウィルスはすでに希釈されており 熱殺菌を待つまでもなく 発症に必要な個体数を下回っているのが通常である。

CDC のCleaning and Disinfection for Community Facilities では 公共設備の除染には (高濃度エタノールや次亜塩素酸ソーダ以外にも)EPAによってリストアップされたほかの殺菌剤を使っても構わない とは書いてはあるが そのリストの中には 簡単にスーパーマーケットやドラッグストアで購入できるものはなく 今後のコロナ対策の常態化を考慮すると やはり 高濃度エタノールと塩素系殺菌剤が主流であり続けることは避けられないだろう。

G Kampf, et al., "Persistence of coronaviruses on inanimate surfaces and their inactivation with biocidal agents." The Journal of Hospital Infection, doi.org/10.1016/j.jhin.2020.01.022, February, 6, 2020 より抜粋。
第3欄で SARS-CoVと書かれているのが 実際にコロナウィルスをもって確認された不活性作用の強さであって 違う略号が並んでいるのは 他のウィルスで確認された作用の強さを引用しているだけでしかない。

コロナウィルスの無毒化について 30秒以内かつ5D以上の達成を 「瞬時に無毒化」できたことのメルクマールとするならば この文献によれば高濃度エタノールのみがその効果を確認されたものとなる。
CDCは 1000ppmの次亜塩素酸ソーダ溶液を推奨しているが そこには コロナウィルスについての検証はなく 過去に構造の似たウィルスにも効いたので コロナウィルスにも当然効くはず という推量ベースが根底にある。
厚生労働省の推奨する 500ppmの次亜塩素酸ソーダ溶液に関していえば 過去の衛生指導で採用されてきた濃度の単なる引用でしかない。

望ましくは高濃度エタノールで殺菌する、高濃度エタノールが採用できない環境下では 塩素系殺菌剤の選択となるという構図には変化がおきないだろう。
しかし 塩素系殺菌剤を選択するにしても 瞬時にウィルスを無毒化できるほどの濃度では その酸化力はかなりのものとなり 変色、腐食しやすいマテリアルには使用できないというジレンマを抱え込むことになる。
(高濃度エタノールでも皮膚障害が報告されているが) 次亜塩素酸ソーダでいえば 皮膚障害を起こさないためには 200ppm程度までの濃度での使用が推奨されており そのような濃度のものを除染に使用するときには あらかじめ対象物の表面の有機物を取り除いておくなどの下処理を必要とすることになる。
下処理によって 当然の結末としてウィルスの個体数も少なくなったところに 補助的に低濃度次亜塩素酸ソーダ殺菌を追加することで さらなる個体数の削減を図るという「二段構え」ともいうべき対策となっていく。

このように この文書で提案するのは「殺滅」ではなく 「減少」あるいは「希釈」させるということで充分という新規の概念で 我々の呼吸器系に達するウィルスの量を発症閾値の100分の1ほどに落とすことができたのであれば だれも発症せず 実質的な安全を確保できているというものである。
ADIの概念の延伸といってもよい。極端な話ではあるが 飛沫で濃厚に汚染された机の上を(薬剤などではなく ただの水につけた)雑巾で清拭するだけで ウィルスの密度はぐっと薄まり そこに指で触れたとしても 発症に必要なウィルス数は指には転写されないわけである。
HACCPで言えば PRPの概念であるが 今までの特殊事例除染では ゼロトーレランスという心理的呪縛の下にあり 1個体のウィルスもいてはならないといった極端な運用がなされてきたため 頭の切り替えにはかなりの労力を必要とするだろう。

北里大学から洗剤によるコロナウィルスの不活性化の報告もあったが 接触時間は1分以上であって 衣服の洗濯機で洗っている間での不活性化や 布きんの漬け置き洗いでの不活性化は十分に期待できるものの 手洗いという短時間では 有意な水準の除染は困難といわざるを得ない。
つまり 洗剤は ゆっくりとだがウィルスを殺していく「減少」促進剤として使用する あるいは 手指の汚れとともにウィルスを洗い流す 「希釈」促進剤としての評価が適切ということになる。

難点は 飛沫型感染の様を呈している状態であって 狭い空間(例: トイレ、小会議室、図書館のパーティションで囲まれた読書コーナーなど) または 密集・密接が常態化している空間(エレベーター内など)であって 人が呼吸する生物である以上 また火災の懸念がある以上 エタノール噴霧はご法度であるし 塩素系殺菌剤も呼吸器に障害を起こさない濃度での噴霧ではウィルス無毒化を期待しえない。

こういった空間では 使用後 次の使用までに十分な換気を行って

1.浮遊しているウィルスを発症閾値以下に希釈してしまう(エレベーターの例で言えば)エレベーターには一人しか乗せず その人が降りてから ドアを開けた状態で数十秒待機させ そののち初めて次の使用者に開放する・・といった 一利用一除染のプロセスを繰り返していくか、

2.強制的に常時外気を取り入れ(CDCのガイドラインでは 一時間に10回以上相当の換気といわれる。しかし この一時間に10回以上の換気というのは そんなに難しい課題ではなく 部屋の一面にでも大きな窓があり その窓を常に開けていられるなら 何の工夫もなく達成できる。全方位見渡しても壁だけといった部屋の時にこそ 換気率計算を必要とする) 常に希釈が進行するように運営するか、 

3.俯角で45度以上*1になるように 常に上から下へ一方向の清浄な空気の流れを生み出し 浮遊しているウィルスが沈降していく速度を加速し 感染者の発した飛沫が健常者に吸われないようにする、

4. ウィルスの積極的な捕集をおこない 健常者が吸い込む空気中のウィルスの数を減少させる(HEPAフィルターの設置 あるいは 飛沫を阻止できるほどのフィルターの設置(通常花粉対策 あるいはPM2.5 対策フィルターと呼ばれているグレードで充分)、または 凝集沈降*3)のいずれかとなる。

*1 俯角45度以上とは: 日本人男女の身長の分布は 140cmから190cmで99%以上を占める。エレベーターの中に詰め込まれた場合 最も背の高い人と最も背の低い人の身長差は 50cm以内に収まっているとみてよい。
背の高い人が口から息を吐きだし背の低い人が鼻から吸い込むとして 身長差は5cmほど縮まる。エレベーター内の対人距離が45㎝として 背の高い人の口から背の低い人の鼻を見下ろす俯角は45度となる。それ以上の角度で風を吹き降ろしていれば 患者から健常者への飛沫の到達は ほぼないということになる。

接触型様感染の原因となりかねない 患者の手指が触れた箇所の除染は 方法としては意外と簡単で 素材がそれに耐えるのであれば高濃度エタノールの噴霧、1000ppmの次亜塩素酸ソーダ液の噴霧または清拭を行えば100%に近い除染を瞬時に達成できる。
しかし どの部位であったとしても 人が触った都度に除染作業を行うことは現実的には不可能であって 念入りな除染作業はやはり終業後とか始業前とか 利用者がいない時間帯に限定されてしまう。
つまり 接触型様感染に関しては 除染方式自体の有効性は高いものの 利用ごとに除染を実施することは非常に困難なため 防御面での穴がたくさん生じることになる。
図書館の書籍、大学への提出文書などには 高濃度の薬剤は使用できないし 利用者が触ったかもしれないのは表装を含む全ページなので 現実的には低濃度の薬剤使用すら困難で ただただ時間の経過とともにウィルスが不活性化していくのを待つことのみが現実的な対応となる。

(入念な除染作業は終業後に行うとして) 高い頻度で実施する日常的な除染は 低濃度次亜塩素酸ソーダ (あるいは次亜塩素酸) あるいは使用濃度にまで希釈した洗剤につけた雑巾を絞って清拭する まさに日常の掃除と変わらない清拭作業で充分であって これは ウィルスを「殺滅」するのではなく「減少」「希釈」して 実質的に無害を達成する方法といえよう。

しかし いくら日常的な除染を強化したとしても 使用都度の除染までは不可能で、接触型様感染に対しては サービス提供側からの対策は穴だらけであり やはり利用者一人ひとりに 自分の身は自分で守るという心構えを持ってもらい 自衛のための手洗いと消毒*2を頻繁に行うことを推奨することのみが 防御面での穴を埋めていくものとなる。
石鹸を使用して手洗いを行い 皮脂や汚れを十分に取り除いた後(同時に多くのウィルスも洗い流されている)であれば 低濃度エタノールでも 低濃度次亜塩素酸ソーダでも 低濃度次亜塩素酸でも 個体数を発症閾値以下にまで落とすのには支障がない。

複合型感染の原因となりかねない 机、椅子やソファーなど調度類もまた 利用者が使用した都度に除染を行っていくというのは現実的ではない。
複合型感染の中でも接触感染様のものは 利用者一人ひとりに 自分の身は自分で守るという心構えを持ってもらい 自衛のための手洗いと消毒を頻繁に行うことを推奨する*2ことが 現実的な対策となる。
複合型感染の中でも 例えばソファーに堆積したウィルスを摩擦で巻き上げて それを吸引してしまう空気感染に近いタイプについては 
1.常時上から下への一方向の空気の流れを作り出しておく または 巻きあがったものを叩き落すための 
2.積極的な凝集沈降*3を図ることが現実的な対策となろう。

多くの飛沫は床に落ちていき そこでほとんど固定された状態となる。 
歩き回って靴裏で床をこすってウィルスが舞い上がったとしても ウィルスにも自重があるためすぐに沈降しはじめ床上50cm以上には なかなか舞い上がってこない。
つまり 床のウィルスは 比較的に安全な形で無力化されていると考えてよい。

G Kampf, et al., "Persistence of coronaviruses on inanimate surfaces and their inactivation with biocidal agents." The Journal of Hospital Infection, doi.org/10.1016/j.jhin.2020.01.022, February, 6, 2020 

に示されているように コロナウィルスは (床の材質が何であったにしろ)5日もたてば その上で完全に不活性化してしまうわけだから 下手に騒がず放っておくというのも最適解の一つである。
一番懸念すべきは 利用者がいるにもかかわらず 掃除機でこまめに掃除をしてまわることで 掃除機先端のブラシは床をこすり それによって舞い上がったウィルスは掃除機の粗いフィルターを難なく通過して室内にまき散らされることになる。
利用者滞在中の吸引清掃は 窓を開けるなどして清浄な空気をどんどん取り入れてウィルスの希釈を図ることが必要となる。
窓が開けられない施設では 掃除機にHEPAフィルターが内蔵されているもの あるいは HEPAフィルターがアタッチメントとして取り付け可能なものへの更新が望ましい。

具体的な実施例

感染のタイプと施設・設備ごとに取りうる対策をまとめると以下の表のようになる。
★の数と☆の数を掛け合わせて 大きな数字となるものが 費用対効果の高いものということになる。

*2 自衛のための手洗い: 高濃度エタノールの供給不足は依然続いており、希釈した次亜塩素酸ソーダは その刺激臭・皮膚障害から採用が嫌われる傾向にある。最近 次亜塩素酸水も着目されており 代表的なものを下に列記する。塩素濃度から言えば完全な除染は無理といわざるを得ないが 石鹸で汚れを落とした挙句に追加する 補助的な除染目的(「減少」、「希釈」)であれば十分に機能するものと思われる。また 下表には入っていないものの 中性次亜塩素酸水というものも 市場には出回っている。

株式会社 ホクエツHPより

一般財団法人 機能水研究振興財団 HPより

*3の凝集沈降剤については 株式会社ダイキチのジョキング35という中性次亜塩素酸水が 超音波ミスト発生器を使用しての空中散布で 部屋の中に浮遊する真菌を9割以上凝集沈降させたとしている。 真菌のサイズは 飛沫感染の飛沫のサイズと酷似しているので ウィルスの除去効果を期待できると その内部資料では謳っている。

後書き

繰り返しになるが これからのコロナ対策は特殊なものであったのでは長続きしない。
金のかからない 実行しやすいものであることが第一義となる。

またウィルスの「殺滅」を企図することは費用対効果の面からも現実的ではないことが多い。
「減少」「希釈」程度の水準であったとしても 公衆衛生の観点からは十分に機能していることを忘れてはならない。

たとえて言えば 地上最強の毒素を産生するボツリヌス菌は (土壌菌であるため) 我々の住んでいる環境中には必ずと言っていいほど存在する。 
我々が採りうる対策は 環境中のボツリヌス菌を全滅させてしまうことではなく 慎重ではありながらも 負担の重すぎない形での共存を目指していくことで 食品中でボツリヌス菌が毒素を作り上げることのないようにうまく誘導をしていくことである。

コロナウィルスについても全く同じで コロナが日常風景となっている今 環境中のコロナウィルスを絶滅させることなどはできないといってよい。

発症閾値以下に保つための管理 つまり 実質的に無害な水準での共存を図っていくべきだろう。

ぜひとも 自らの施設の運営状況を公衆衛生の観点からレビューしていただき 「具体的な実施例」の中から自分たちにとって適切と感じられる対策を選択していただきたい。

全部やろうなどと気負いこまず 費用対効果が上がりやすいものに集中することが成功へのカギを握っているものと信じる。

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