リスク用語解説ガイダンス

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リスク用語集

新型コロナウイルス問題を考えるためのリスク用語集(3/23版)

 新型コロナウイルスの感染が拡大するなかで、「リスク」という言葉をよく見かけます。何気なく使われる場合が多いですが、実は「リスク」という考え方は、感染症などの不確実な問題を適切に解釈し、合理的に対応するためにとても有用な概念なのです。

※本解説は、随時改訂していきます。改訂履歴はページの一番下に記録します。

 

0.リスク管理の主体と目的

 リスク管理は最初に、誰の視点で(=主体)、何のために(=目的)やるのかをはっきりさせる必要があります。リスク管理の主体は、個人、家庭、組織(学校、企業)、自治体、国、世界、と様々な立場がありえます。同一人物でも複数の立場をとることができます。

 次に、目的も様々です。感染回避、死亡回避、免疫獲得、他者への感染防止、医療崩壊の回避、経済の維持(売上や雇用)、自殺防止、他国への影響軽減、学力維持、体力維持、レピュテーションなど多様です。

 これらの目標同士はトレードオフ(=どちらかを改善すると、もう片方が悪化してしまう)の関係にあります。そのため、これらは厳密にはこれらは下位目標であり、その上位目標があり、トレードオフに直面した際の判断の根拠(=リスク管理指針)になります。また、時間スケールも大事です。短期での最適解と中長期での最適解はおのずと異なってきます。
 

1.リスク

 リスクの大きさは一般的に、ある特定の期間の間に、悪い出来事が、どれだけ発生しやすいかと、発生した場合にどれだけ結果が重大か、という2つの要素によって決まります。つまり、発生しやすくても結果がたいしたことなければリスクは小さいですし、発生確率が小さくても発生した場合の結果が重大ならリスクが大きいこともあります。

 

 どれだけ発生しやすいか × 発生した場合にどれだけ結果が重大か

 

 ただし、これらの見積もりには不確実性が伴います。特に、新型コロナウイルスのような新しいハザードについては、両者ともに大きな不確実性が伴います。しかし、単に「分からない」としてしまうのではなく、その時点での最善の科学的知見を利用して推定することには、対策を検討するにあたって、重要な情報を提供できます。

 

2.感染症リスクの評価

 世界保健機関(WHO)は、感染症リスクの評価は、ハザード評価(アセスメント)、曝露評価(アセスメント)、状況評価(アセスメント)の3要素からなるとしてします(下図)。これら3つの評価が実施されると、リスクの大きさが推定されます。ハザードを人為的に減らすことはできないので、リスクを減らすためには、曝露を減らす(例:人の移動や集まりを制限する)、または、状況を改善する(例:手洗いを奨励したり、医療施設を整備したりする)ことが有効です。これらを総合して得られるリスクの大きさの推定のことを、リスクキャラクタリゼーションと呼びます。

 

  • ハザード評価:ウイルスそのもの、毒性の強さ、典型的な症状、潜伏期間などについての情報を収集すること。
  • 曝露評価:対象となる病原体への曝露集団(人口)について、免疫や重篤性から曝露人口及び感受性の高いグループを推計すること。移動経路や潜伏期間、潜在的な感染経路の疫学的な因子等を考慮する。
  • 状況評価:リスクに影響する社会的・技術科学的・経済的・環境的・倫理的・政策的・政治的要因のすべてを考慮に入れること。具体的には、当事者の栄養・健康状態、公衆衛生状況、インフラ整備状況、文化的・宗教的慣行などが含まれる。

リスク評価(アセスメント)プロセス

  • リスクキャラクタリゼーション:リスク評価、曝露評価、状況評価の結果から、リスクの大きさを推定すること。少なくとも初期は定性的な評価となり、リスクマトリクス(下図)を使って、縦軸(Y軸)に「どれだけ発生しやすいか」を、横軸(X軸)に「発生した場合にどれだけ結果が重大か」というふうに2つの軸で表現するとわかりやすいです。データが蓄積されてくると、定量的なリスク評価も可能になってきます。

リスクマトリクス

※緑:低リスク、黄:中程度のリスク、オレンジ:高リスク、赤:非常に高いリスク

 

3.リスクマネジメント(リスク管理)サイクル

 リスクマネジメントサイクルは、リスク評価(リスクアセスメント)、コントロール手段の特定、モニタリングの継続と(事後)評価というサイクルと、すべての段階でのリスクコミュニケーションからなりたちます(下図)。新しい情報が入手されるたびにこのサイクルを回していく必要があります。リスクマネジメント(リスク管理)サイクル

 

  • リスク評価(リスクアセスメント):リスク評価(リスクアセスメント)は、「リスクのレベルを決めるために、情報を収集し、評価し、文書化する体系的なプロセス」です。公衆衛生リスクがもたらすマイナスの影響をコントロールするための対策を実施するにあたっての根拠となります。逆に言うと、リスク評価(リスクアセスメント)がなければ、リスクのコントロール手段を適切に比較することができません。
  • コントロール手段の選択:期待される効果の大きさだけでなく、成功する可能性、実施の容易さ、当事者や社会全体への意図せぬ影響などを考慮にいれたうえで、選択する必要があります。別の種類のリスクを増やしてしまう可能性にも注意が必要です(→7.リスクトレードオフ)
  • モニタリングと評価:継続的に、対策の効果や意図せぬ影響の有無などについてモニタリングをし、予想と異なっている場合は、リスク評価(リスクアセスメント)やコントロール手段の選択にフィードバックします。
  • リスクコミュニケーション:2つの重要な要素があります。1つは、運用上のコミュニケーションで、リスク評価チームと、様々な関連ステークホルダー(医療関係者、各レベルの政策決定者、民間セクターなど)の間で密接な連携が必要です。もう1つは、国民とのコミュニケーションで、リスクの性質やレベル、それらの不確実性、そして望ましい行動変容を伝えるために、一定の間隔でなされる必要があります。

 

4.リスク認知

 いわゆる専門家による科学的なリスク評価と、大多数の非専門家のリスク認知とは、多くの場合、一致しません。私たちのリスク認知には、科学的なリスク評価では考慮されない数多くの因子が入ってくるからです。それらの多くは「未知性」と「恐ろしさ」という2つの因子にまとめられます。新しい感染症は、ウイルスが目に見えないこととあいまって、未知性因子を高めます。感染症は自分でコントロールできず、重症の場合死に至ることがあると、恐ろしさ因子を高めます。このように、新型コロナウイルスのような新しい感染症の場合は、専門家の科学的なリスク評価と、非専門家のリスク認知の間に大きなギャップが生じます。ただし、どちらが正しくて、どちらが間違っているという問題ではありません。

 

5.認知バイアス

 私たちのリスク認知は、科学的なリスク評価で見過ごされがちな重要な質的な観点が含まれていますが、リスクを過大(あるいは過小)に評価している部分もあります。ここでは3つの認知バイアスを挙げます。

 1つ目は、「利用可能性ヒューリスティック」です。ヒューリスティックとは、直感を利用した簡便な思考のことです。連日、マスメディアやインターネットで国内外の発症事例や死亡ケースなどが報道されると、そういった情報にさらされ続けることによって、私たちは実際よりもリスクを過大に見積もってしまいます。またたまたま身近な人が被害にあう場合も同じことが起こりえます。逆に、報道されなかったり、見聞きしなかったりするリスクは過小に見積もってしまうこともあります。

 2つ目は、「確率無視」です。宝くじを購入する際、頭の中には一等の賞金の額しかありません。当選確率まで考えて購入すると決めた人はあまりいないと思います。同じように、感染症のリスクについても、感染症に罹患した際に(最悪)どうなるかばかりが頭を占めて、どれくらい感染しやすいかに考慮が及ばない状態です。

 3つ目は、「正常性バイアス」です。災害や事故などの非日常的な事態に直面した際に、そういう状況をあえて日常的な事態と連続的に解釈したり、自分が理解可能な範囲にリスクを低く評価してしまったりします。結果として、対応が遅れてしまうことになります。

 

6.リスク比較

 新しいリスクへの対応を考えるうえで、私たちがすでに経験している他のリスクと比較することは有益です。新型コロナウイルスのリスクを考えるうえで、毎年肺炎でどれくらいの人が亡くなっているか(約10万人)、インフルエンザに罹患する人はどれくらいいるか(約数百万人)、インフルエンザでどれくらいの人が亡くなっているのか(約3000人)といった情報は、かならず知っておくべきです。これはリスク比較と呼ばれます。

 ただ1つ注意しなければならないのは、リスク比較の結果から単純に、だからこの新しいリスクは警戒しなくてもよいだとか、ただちに対策すべきであるとかいった結論が導かれるわけではないことです。ましてや、リスク比較を、リスク受け入れの説得に使うことは安易にすべきではありません。

 

7.リスクトレードオフ

 あるリスクを減らそうとした行動が、当該リスクを減らすものの、かえって別のリスクを増やしてしまうことを、リスクトレードオフと呼びます。前者を目標リスク、後者を対抗リスクと呼ぶこともあります。両者ともに同じ人のリスクなら、差し引きでプラスであればまだ良いのですが、ある人(集団)のリスクを減らす対策が、別の人(集団)のリスクを増やしてしまうような対策については、倫理的な側面も考慮する必要があります。リスクトレードオフの帰結を予想するためには、導入された対策によって、人々の行動がどのように変化するかをあらかじめ予測する必要があります。

 感染症リスク対策は、その性質上、時間をかけずに意思決定されるケースが多くなります。特に進行中の感染症ではあらゆる対策にリスクトレードオフが存在すると言ってもよいでしょう。だからこそ一層、ある対策が別のリスクを増やしてしまわないか、慎重な検討が必要になります。人々の行動を厳しく制限するなどで大きなリスクトレードオフが予想される場合は、事前の通知と補償措置も同時に検討する必要があります。また、実際に対策を施行してみると、意思決定時には予想できなかった対抗リスクが発生することがあります。そうした場合は、リスクマネジメントサイクル(→3.リスクマネジメント(リスク管理)サイクル)にフィードバックする必要があります。

 

参考資料

WHO, Pandemic Influenza Risk Management, 2017

WHO, Rapid risk assessment of acute public health events, 2012

日本リスク研究学会編『リスク学辞典』丸善出版、2019年

 

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